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靑色年回り

軍靴が湿った土

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軍靴が湿った土


私に関係のない砲声・・・。そのことを一人の兵士から告げられたことがある。そもそも自分に関係のない砲声に勝手に首を突っ込んできたんじゃないか。彼はそう言った。
カンボジア国内で住民の生活調査中のできごとだった。

「おい、やめろ」
背後で大佐が怒鳴った。少々軽率かと思ったが私はできるだけ近づいてやろうと思った。声に気付き家の中に入ろうとしていた男は振り向いた。丸腰だった。私はさらに二、三歩近づいた。広い肩幅、胸板は盛り上がり迷彩色の軍服の胸のボタンがはちきれそうだった。頭は丸刈りで、ドス黒いまでに日焼けした四角い顔についている細い目が私を見詰めている。眼光の奥は鋭く、異様に暗い。ポルポト兵だ。
冷たいまなざしを浴び、射すくめられたかのように身じろぎひとつできなくなってしまった。
ニッパ椰子で葺いた粗末な高床式の男の家の背後には、熱帯の広葉樹が傘を広げるように枝葉を茂らせていた。放し飼いの雌鶏一羽が声を立てながら地面を突っついていた。
亜熱帯の太陽は真上にあり、赤茶けた地面の足許に自分の影が丸い弧を描いていた。風ひとつない。陽射しでじりじりと灼かれた首筋が熱い。

内戦末期、首都プノンペンから北西へ四百キロのクメール人民民族解放軍(KPNLAF)が確保した解放区でため池や道路の修復活動を私は担当していた。フィールドワークを行い、地域住民の暮らし向きを調査し、今後の援助計画を描くのも任務のひとつだった。
大佐が私の背後に近づいて来た。軍靴が湿った土を踏んでいた。
「ばかな真似はよせ」
と耳元で訛りのきつい英語で囁いた。
ジャン・ニャングリス大佐。三十半ばのKPNLAFの情報将校。私の護衛かつ監視役だ。私の言動はすべて上層部に報告されているだろう。
カンボジアのタイ国境一帯はシアヌーク元国王を戴くグループとポルポト派、中道を行くKPNLAFの三派がパッチワークのように入り乱れそれぞれ各地に拠点を構えていた。
「こいつらだろ、あんたたちの国を恐怖に貶めたのは」
私は大佐に英語で小声で言った。
「ああ、そうだ。そんなことは百も承知だ。しかしな、やっこさんをあまり刺激するな」
サングラスをかけた大佐の表情ははっきりと読めないが、引き締めた口元が軽々しい行動は慎めといっていた。
ポルポト一味は政権をとっていた一九七〇年代の後半、異常な共産主義政策で数百万人もの自国民を抹殺した。
私たちが一般市民援助を行っている地域にポルポトの部隊の一部が駐屯しているのは公表されていない事実だった。戦闘の前線は常に動き部隊の配置もめまぐるしく動く。虐殺の当事者らと共同戦線を張っている地域での救援活動は、飛行機で六時間離れた日本でも理解しがたいものとして映っていた。バンコクの日本大使館の反応はポルポト派へ救援物資が渡ることを懸念していた。もちろんあり得ない、きちんとモニタリングすることで納得させたが実は真相はつかめていない。パッチワークの世界では少々生地の組み換えや交換が行われても、元の柄や生地の位置など覚えてはいられまい。
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